あとがき

 小説の中でも、書き下ろし長篇というものは、読者の頃から特別なもので、それは自分で本を出すようになってからも変わりません。今まで自分が書いてきた書き下ろし長篇としては(たぶん)十作目となる、この『夜の国のクーパー』は、完成までに二年半近くがかかり、思い入れを語りたい欲望もあるのですが、長く、みっともないことになりかねないため、やめておきます。
 ただ、一点だけ書いておきたいことが。
 作中に出てくる登場人物の名前、『頑爺』や『複眼隊長』といったところは、もしかすると、「ああ、やってるな」と気づかれる方もいるかもしれませんが、大江健三郎さんの『同時代のゲーム』に出てくる、「アポ爺・ペリ爺」「無名大尉」などに由来しています。そもそも、登場人物の命名について最上のお手本は、(僕にとっては)大江作品以外にありませんから、他の僕の作品もたいがいが影響を受けていると言っていいかもしれません。
『夜の国のクーパー』を書いている間、あの(目くるめくような傑作である)『同時代ゲーム』を読んだ体験を、振り落とされないためにしがみつくようにして、必死に読み進めた読書体験を、何度も思い出しました。