絶賛されたキャラクターに謎を強化した「ご当地ミステリ」登場

北原尚彦

本作『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』は、

記念すべき第十回『このミステリーがすごい!』大賞に応募され、一時選考、二次選考の

厳しい審査を通過して、最終選考に残った作品である。

惜しくも受賞こそ逃したもののその魅力が高く評価され、全面的な改稿の上で、同賞恒例の

「隠し玉」として出版される運びとなった次第である。

舞台は京都。コーヒー好きな主人公はある日、《タレーラン》という喫茶店において、

理想のコーヒーに遭遇する。

この店でコーヒーを淹れるバリスタは、切間美星という、まだ若い女性だった。

主人公は切間美星と親しくなり、《タレーラン》に通うようになった。

切間美星には、コーヒーを淹れること以外にも特技があった。

それは「推理」すること。《タレーラン》で起こった出来事や、主人公の身辺で発生した

謎めいた事件を、見事に解き明かしてみせるのだ。

それらを通して、主人公と切間美星は更に親しくなっていく……。

飲食物をテーマにした推理小説は〈グルメ・ミステリ〉というサブジャンルにすらなっており、

第六回『このミス』大賞を受賞した『禁断のパンダ』(拓未司)もその一例だ。

だが本作はグルメ・ミステリの中でも更に特殊な「コーヒー・ミステリ」。

海外作品では『名探偵のコーヒーのいれ方』に始まるコレオ・コイル「コクと深みの名推理」

シリーズなどがあるが、我が国ではちょっと珍しいのではなかろうか。

自分は『このミステリーがすごい!』大賞の一次選考委員のひとりとして選考作業に加わっているのだが、

本作は自分の担当する箱に入っていたもの。

だから、(作者が応募前にどなたかに読んでもらっていない限り)我こそ本作の読者第一号なり、

と公言して構わないだろう。

小説賞の一次選考委員というのは「これからの作家の一番目の読者になれる」という特権がある。

『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊)も自分が一番最初に読んだのだが、今から思えば

これはかなりの栄誉だろう。

しかしその一方で、一次選考は実に苦労の多い仕事だ。

二次選考以降は複数の選考委員が読むけれども、一次選考で落とした作品は、

他の選考委員には読まれない。だから、万が一の評価間違いがとても怖い。

(応募段階の)本作を読んだ際も、悩んだ。

文章は達者だし、設定やちりばめられたコーヒー薀蓄も面白い。

だが、惜しむらくは個々のミステリ要素が弱かったのである。

しかし、設定やモチーフの選択はいいし、文章力も悠々合格レベル。

それに何より、全体から醸し出される雰囲気が『このミステリーがすごい!』大賞、

という器向けの作品であると感じられた。最終的に「これは二次選考に残すべき」と判断した。

だが二次選考委員、最終選考の諸兄は、わたし以上のミステリの鬼ばかりである。

千街晶之氏は「キャラクター造形に好意を持てたが、終盤の展開が容易に読めてしまうので、

何らかの加筆が必要になるだろう」と、大森望氏は「設定とキャラクターは悪くないのに

ミステリ部分に難がある」と述べている。

だが逆に言えば、ミステリ要素さえ改めれば、十二分に面白い小説になる、ということなのだ。

そこで今回「隠し玉」として出版されるに当たって、全面的な改稿が行われた。

元の設定や雰囲気は損なわないようにしつつ、ミステリ要素が改善された。

問題点はクリアされたのである。

登場キャラクターも、そのまま、主人公で語り手のアオヤマ、《タレーラン》バリスタの切間美星嬢、

その大叔父で《タレーラン》のマスター藻川又次老人、などなど。

まあキャラクター造形は選考段階で絶賛されたのだから、これを変えてもらっては困る。

しかし読み進めるうちに、ちょっと増えたキャラクターがいることに気づき―ニヤニヤ。

これも選考委員ならではの特権だ。(第三章で登場するキャラクターである)。

『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』は、

「コーヒー・ミステリ」であること以外にも特色がある。それは「ご当地ミステリ」である、

ということ。先述の通り、本作は全面的に京都を舞台としているのだ。

ネタバレになりかねないので明言はしないが、京都ならではのエピソードもある

(それがどのエピソードであり、どう用いられているかは読んでからのお楽しみ)。

『このミステリーがすごい!』大賞は、受賞者はもちろん、七尾与史、高橋由太など、

隠し玉でデビューした面々も大活躍している。

本書の作者にもばりばりと新作を書いて頂き、大飛躍して頂きたいものである。